えすぺり展が終わりました

(講師・原太一の個人の記事です)
福島県田村郡三春町に野菜とパンの店、えすぺりがあります。

今回は11月21日〜12月9日までお店に併設された展示スペースで六人展をしてきました。
この記事を書いているのは大晦日。うっかり書かずには年越し出来ん!!ってことで、記憶をたどりつつ書いていきます。
新幹線はワクワクする。
隣の座席で読書をしていた知的な女性へ。焼肉弁当が臭くてごめんない。
郡山に到着。東京から一時間ほど、拍子抜けするほど近い。
駅前の様子です。
ここで今回のえすぺり展を企画してくれた中心人物であり、画家の友人でもある、西谷拓磨さん達と合流。車でえすぺりのある三春町を観光しました。
三春ダム。
殆ど人がおらず、森閑とした山あいに水を湛えていました。男三人、次第に無口に。
ススキが侘しくていいなぁ。
これは日本三大桜のひとつ、滝桜。
幾世紀を超えてきたであろうその威容に惹かれ、春には沢山の観光客が訪れるとのこと。
三春城跡より眺める。
石垣などはあまりなく、公園といった風情でした。夕日が目にしみるぜ。
そして、日が暮れてからいよいよ目的地、えすぺりへ。
普通の八百屋さんを想像していたら、大間違い。おしゃれな佇まいです。
看板を発見!


オーナーの大河原さんは、長らくご夫婦で無農薬、有機栽培の農業をやってこられたとのことです。
多くの人の運命を変えた3.11の地震と原発事故後、すぐ近くの地域でありながら三春町は風の流れによって汚染を免れたそうです。しかし福島県というだけで風評被害をうける事が悔しく、作物が売れず、その状況を打破するため、新しくご自分で販売することのできるお店を立ち上げた、とのことです。
この機械を使い、販売する野菜は全て放射線量をチェックしているとのことでした。そして、ほとんど検出されないそうです。
販売されている野菜です。
歓迎会を開いてくださったのですが、野菜や果物の甘いこと!
美味しいです。
出展作家の、よこたこういちさんは地元の方で、当時のことを振り返りつつたくさんのお話をして下さいました。

事故直後の混乱、政府の発表は信用出来ず、本当に心細い思いをされたそうです。

地震前に撮れたという地震雲も見せて下さいました。よこたさんの奥様が撮影されたとのことです。
えすぺりの前を通る国道は原発まで続いているそうで、ここは原発にもっとも近いギャラリーなんじゃないかな、とのこと!
しかしもっと近くへ行くと、急に放射線量が増えるため、地元の方もほとんど近づかないとのこと。
また、放射線量の高い地域のキノコ類やイノシシなどは食べない方がいい、と教えて下さいました。
展示風景です。
ペン画を出展しました。

今回の展示では、地元の方と話せる機会が多く、原発のこと、日本の未来のことを考えさせられました。

石油資源を持たぬ日本がエネルギーを得るため、原発の平和利用を始めたこと。首都圏を支えるため人口が少ない地域に建てられた原発。安全神話の崩壊。
そして四年近くが経ち、ふだん電気を使いながらも事故のことを忘れたがっている私たち(少なくとも僕はそうでした)。今なお、福島県として一括りにされ、線量のほとんど無い地域ながら苦しんでいる方々が沢山いること。
原発再稼働に向けて政府は動いていますが、これはどうなんでしょう。
最近の原油安がこの先何十年もずっと続いてくれるのであれば、水力、火力その他でやっていくことは可能なのかもしれません。でもそれは現実的ではないです。
新しく見つかり始めた日本近海のシェールガスが実用化されるのはずっと先のことですし。再生エネルギーは?原発に代わる、すぐに使える案を出すことは難しい状況なのでしょうか。
ただ、福島原発の廃炉が何年越しになるのかは不明であり、核のゴミの問題も棚上げされたままです。このまま国策として原発を使い続けることが賢明ではないことは、苦し紛れの選択であるということだけは、確かだと思います。想定外の災害が起こることを目の当たりにした訳ですから。


最後に、この展示に出展された方の作品からえすぺりカレンダーが作られました。写メなので画質は粗いですが、紹介したいと思います。
↑原 太一 (11月分、「プレイルーム」12月分、「うさぎハウス」)

これを書いていて、ついに年が明けてしまいました(・ω・)ノ
えすぺりの皆様、大変お世話になりました!
ありがとうございました。

大河原さん、よこたさん、西谷さん、牧さん、楽しかったです。
また飲みましょう!